Dead Musicians Society

日々の話や音楽工房ピーチジャムのことを綴っていきます

スタンダードナンバー

最近あまり音楽を聴いていないな。

勉強がてら、ジャズはそこそこ聴くのですがそのほかの音楽は、今いったいどうなっているのか皆目検討が付きません。

you tubeなんていう便利なものもあるのですが、イマイチ最近の音楽のことを知ろうとしない自分がいるんですね。

私の世代ですとやはり最も夢中になったのは80年代の洋楽。

そうです「ベストヒットU.S.A.」世代です。

今でこそジャズをやっておりますが、元はロックやポップスが大好きでした。

もちろん、ロックバンドなんかやっていた頃はヘビメタやハードロックなんかも演奏してましたよ。

私は、特に姉が洋楽が好きだった影響もあり中学生くらいにはクイーンやヴァン・ヘイレン、はたまたボズ・スキャッグスやスティーブ・ウィンウッドなんかも聴かされてました。

何せ長野の田舎町でしたので、娯楽も少なく、音楽を聴いている時はとても幸せだった気がします。

そして高校生になると、あるラジオ番組に夢中になりました。

それは「Super Rock KYOI」。

短波放送だったのですが、当時サイパンから日本向けにアメリカのリアルタイムなヒット曲をバンバン放送してくれてました。

日本向けとあって、洋楽の合間に中森明菜なんかがかかることもありました。

暇を見つけてははずっと聴いていた記憶があります。

短波放送でしたから、当然音質はヒドイものでした。

それでも「音質よりも曲質」とばかりに聴きまくっていましたね。

当時、音楽を一日中かけまくっている放送局は日本に存在しなかったんですよね。

それに、何よりもお金をかけずに最新のヒット曲が聴けるんですから音質なんてこだわっていられませんでした。

しかし残念ながらサイパンの放送局はもうありません。

もう2度と聴くことはできないのか〜・・・と思っていました。

が!なんと、今でも聴くことができるんです。

と言っても当時のテープのストリーミング放送ですが。

いやいや、それでも聴けるのであればもう十分。

いや、むしろあの当時のままの選曲であった方がなおさらイイって思います。

しかもステレオで聴けるんです。

短波放送はモノラルでしたからね。

それはこちらのサイト。

 

tunein.com

こちらで検索窓に「kyoi」と入れるだけで、それだけであの頃に戻ることができるのです。

当時いつも困っていたのは、気に入った曲があっても曲名がわからなかったことが多かった事ですが、ここですとリアルタイムに曲名、アーティスト名も表示されるので、聴いた事あるけど当時は曲名が分からなかった曲が何十年かぶりにわかるなんて事があったりして、それが何かとても嬉しいです。

さらに嬉しいのはスマホのアプリもあるじゃないですか。

当然、私はタブレットにこのアプリを入れてお風呂で聴いたりしてます。

私も歳をとったのでしょう。やっぱり最近の曲より(といってもあまり知らないんですが)あの頃の曲のほうが良くできていたと思ってしまいます。

かつてのジャズジャイアント達が「Stella by Starlight」や「All the things you are」を流行歌として聴いていて、それをプレーしてスタンダードナンバーにしたように、私達の世代のスタンダードナンバーは紛れもなく80年代のロックやポップスなんだと思います。

キース・ジャレットのトリオはスタンダードの演奏をする時、まずキースが自分の好きな曲を弾いてみせ、ゲイリーが「あ、俺もそれ知ってる」っていう感じで入ってきてそこにジャックも入ってくるっていう感じで曲が決まっていく事があるという話を聞いた事があります。

本来スタンダードナンバーってそういうものなんでしょうね。

人それぞれに生まれた年、育った場所なんかでも変わってきてしまう。

その人その人にスタンダードナンバーがあるんでしょうね。

そう考えると私達世代が「枯葉」や「Fly me to the moon」なんかを演奏するっていうのはかなりムリがあるのかもしれませんね。

まあ、だからと言って避けては通れないのですが。

そんなワケで、今回の先生の動画はジノ・ヴァネリの「People I Belong To」です。

この曲は1978年の曲なんだそうです。

先生の世代は私らの世代よりもちょっと前ですからこのあたりが先生のスタンダードナンバーなんでしょう。

インスタグラムからのものなので1分くらいで終わってしまいます。

お聴き逃しのないように。

では。

 

 
 

よしひろさん(@yoshihiro8985)が投稿した動画 -

始まりはいつも " F " ~ コードのはなし

最近、テレビタレントたちが俳句を作って競いあう番組を見ました。

番組中、俳句を審査する夏井先生がなかなかの毒舌で面白いのです。

それもあってか、結構な人気コーナーらしいです。

でも俳句って面白いですね。

まあ、素人の私が知っている事と言えば、字数は5、7、5の17文字で季語が入っているって事くらいでしょうか。

でもさすがに、本当に奥が深いんですね。

例えば、限られた字数の中でどうやって無駄な言葉を省いていくかって事。

「風が吹く」なんて言葉を入れようものならこの先生の毒舌が唸ります。

風なんて吹くものなんだから風っていう一言で十分なんだそうです。

なるほど、言われてみればそうですね。

そうやって無駄を省き、言葉を映像化していきます。

よくやりがちなのが、作った本人には分かるんだけど、まったく情報のない他人にはちんぷんかんぷんに聴こえてしまう句。

それは客観的に見て映像化できていないっていう事になりますね。

話は変わりますが、ピーチジャムの先生は口を酸っぱくしていつも「コード、コード!」と言っております。

コードと言われて何を連想しますか?

そうですね、いわゆるドミソみたい和音ですね。

しかし、どうやらそんなに単純な話ではないようなのです。

 まずコードを弾けと言われたら、まず任意のM7のポジションとかを弾いてしまいます。

確かにそれはコード、つまり和音ですから間違いではありません。

でもそうではないと言われます。

さてさて、では今度はもっとそれらしく分散和音でどうでしょう?

確かにそれもコード、つまり和音ですから間違いではありません。

でも、それでも違うと言われます。

どうやら大きな勘違いをしていたようです。

つまり「コード」というのは確かに和音のことですが、先生曰く「歌」なのだそうです。

その事に気づくのに結構時間がかかりました。

しかしまだ言葉では上手く説明ができません。

そう、まだまだ未熟なのでこんな事が起こりました。

レッスンでいきなり何かモチーフを弾いてみろと言われました。

私は頭の中にCm7をイメージしてCmの5度から6度、6度からナインスといった感じで弾いて見ました。

しかし先生にはただのGに聴こえてしまったのです。

Cm7でGですから間違っている訳ではありません。

でもそれはちょっと違いますよね。

私はCm7を感じてもらえると思っていたのですから。

まあそれもそのはず。理由は簡単、コード(和音)の提示をしていなかったからなんですね。

自分の頭の中ではちゃんとCm7が鳴っているのですが、それが他人に聴こえるはずがありませんよね。

なので先生にはただのGキーのルートからナインス、ナインスから5度といった感じに聴こえたんです。

先ほどの俳句の話ではありませんが、映像化できないと伝えたくても伝わらないっていう事につながる気がします。

コードの提示はまさに映像をくっきりさせる事に似ていると思います。

映像化して自分の居場所を正しく相手に伝えないといけませんね。

そうしていけばいつか「歌」にたどり着けるかもしれません。

勉強、勉強。

 

 

 

 

 

夏井いつきの超カンタン! 俳句塾

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Shut up and play your guitar !

「お前はまだ一度も弾いたことのないものを弾こうとしている」

と、レッスンで先生に指摘されました。

自分では分かっていたはずだったのですが。

ジャズを勉強したことのない方にはピンとこないかもしれません。

ジャズと言えば、プレーヤーが集まってその場で曲を決め、なんとなくスタートして、コード進行に合わせてその場で思いついたメロディー適当に奏でていく。

それだけと思っている方がほとんどだと思います。

いわば作曲作業なのですが、それを一瞬でやってのける。

ですので、普通に時間をかけて作曲されたものより質は落ちて当然。

と思ってしまいますよね。

しかしそうではないのです。

一瞬の作曲作業でも時間をかけた曲と同じレベルのクオリティにまで持っていかなければならないのです。

ちょっと考えると無茶な話なんですがしっかりと訓練すればできるようになるんですね。

有名なプレーヤーやピーチジャムの先生の演奏を聴くと「なぜあんな美しいメロディーが浮かぶのだろう?」と不思議に思うことが多々あります。

しかし答えは簡単至極。それだけ訓練を積み重ねているからです。

それだけ「美しいメロディー」を今まで奏でてきたからなんです。

一瞬で浮かべるメロディーだって、彼らにとっては初めて奏でるメロディーではないのです。

どれだけたくさんのメロディーを今まで「歌って」来たかのか。

それで全てが決まるのです。

そう、難しいことは考えずに「Shut up and  play !」なんです。

 

そんな感じの今回のレッスンは基本に戻り「Cブルーノートの歌」です。

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音の並びはルート、マイナー3度、4度、♭5度、5度となっております。

コードトーンのルート、3度、5度に♭5度を加えてクロマティックラインを作っていると考えてくださいね。

下は同じもののタブ譜です。

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こちらを見るとよく分かると思います。

ギターのフレットの並びを上手く利用した、いかにも「ギターらしい」音列になっていますよね。

五連譜になっています。隙間なく連続で弾けるように練習しましょう。

上行ができるようになったらもちろん下行も。

 

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次はルートから半分の距離に跳びます。

ルートから半分の距離とはF#です。

なぜF#m7がでてくるかと言いますと、まずCm7を2度とすると5度はF7になりますよね。F7の裏コードはB7になります。裏コードのB7を5度と見るとその2度はF#m7となるのでF#m7が導き出されます。つまり「裏コードの2−5化」です。ですからCm7-F#m7と進むとCm7-F7ぽく聴こえてくると思います。

ただこの考え方にしても、あくまでも数ある考え方の一つでしかありません。他の道を知っていて、そちらが良いのであればそちらでも全く構いません。

慣れたら次は「枯葉」の出だしに当てはめてみましょう。

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いかがでしょうか?

こうしてレッスンでやったことをブログに残すのは自分のためにもなるのでよいですね。

ではまた。

 

 

 

 

 

Shut Up & Play Your Guitar

Shut Up & Play Your Guitar

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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サイノウ ソノハカナキモノ

 

 

   告別

 

   おまへのバスの三連音が

   どんなぐあいに鳴ってゐたかを

   おそらくおまへはわかってゐまい

   その純朴さ希みに充ちたたのしさは

   ほとんどおれを草葉のやうにふるはせた

   もしもおまへがそれらの音の特性や

   立派な無数の順列を

   はっきり知って自由にいつでも使へるならば

   おまへは辛くてそしてかゞやく天の仕事もするだらう

   泰西著名の楽人たちが

   幼齢 弦や鍵器をとって

   すでに一家をなしたがやうに

   おまへはそのころ

   この国にある皮革の鼓器と

   竹でつくった管(くわん)とをとった

   けれどもいまごろちゃうどおまへの年ごろで

   おまへの素質と力をもってゐるものは

   町と村との一万人のなかになら

   おそらく五人はあるだらう

   それらのひとのどの人もまたどのひとも

   五年のあひだにそれを大低無くすのだ

   生活のためにけづられたり

   自分でそれをなくすのだ

   すべての才や力や材といふものは

   ひとにとゞまるものでない

   ひとさへひとにとゞまらぬ

   云はなかったが、

   おれは四月はもう学校に居ないのだ

   恐らく暗くけはしいみちをあるくだらう

   そのあとでおまへのいまのちからがにぶり

   きれいな音の正しい調子とその明るさを失って

   ふたたび回復できないならば

   おれはおまへをもう見ない

   なぜならおれは

   すこしぐらゐの仕事ができて

   そいつに腰をかけてるやうな

   そんな多数をいちばんいやにおもふのだ

   もしもおまへが

   よくきいてくれ

   ひとりのやさしい娘をおもふやうになるそのとき

   おまへに無数の影と光の像があらはれる

   おまへはそれを音にするのだ

   みんなが町で暮したり

   一日あそんでゐるときに

   おまへはひとりであの石原の草を刈る

   そのさびしさでおまへは音をつくるのだ

   多くの侮辱や窮乏の

   それらを噛んで歌ふのだ

   もしも楽器がなかったら

   いゝかおまへはおれの弟子なのだ

   ちからのかぎり

   そらいっぱいの

   光でできたパイプオルガンを弾くがいゝ


 

   宮沢賢治

 

 

初めてこの詩に出会った時は衝撃を受けた。

まるで殴られたような。

宮沢賢治が、類まれな音楽的才能があるのに将来は農家を継がなければいけない自分の生徒と、百姓になるために学校を辞める自分に送ったと言われている詩。

才能というものは、確かにそれを持つ人のものである。

だがそれは決して永遠不滅ではない。

それはほんの小さな種火のようなもの。

だから努力してその小さな火が消えないようにする。

さらにその火を使ってもっと大きな火にする。

そうやって育てていくものなのだろう。

そう考えると才能なんてただのきっかけに過ぎないのではないかと思う。

そして得てして、才能のある人ほど努力しなかったりする。

その才能だけでそこそこ上手くいってしまうから。

いわゆる天才と呼ばれる人。

でもこの詩の中にもありますよね。

 

すべての才や力や材といふものはひとにとゞまるものでない

 

そう、天才にもいつかそんな時がくるんです。

今まで上手くいっていたのに、上手くいかない。

コツコツ努力をしてこなかったため対処不可能。

もう、今自分がどこにいるかもわからなくなってしまうんです。

才能のある者こそ努力が必要なのでしょう。

才能のない者だったらなおさらですね。

 

みんなが町で暮したり

一日あそんでゐるときに

おまへはひとりであの石原の草を刈る

そのさびしさでおまへは音をつくるのだ

 

 

 「音楽の為にあらゆることを犠牲にしてきた」とは、以前パット・メセニーがインタビューで言っていた言葉。

彼ほど有名なギタリストでも、やはり努力の人なんですね。

 

辛くてそしてかゞやく天の仕事

 

人によってこの言葉の解釈は様々だと思いますが、天の仕事とはプロフェッショナルという意味ではないかと思います。

プロの仕事ってやはり辛いことが多いようですからね。

そして一番耳が痛いのが

 

すこしぐらゐの仕事ができて

そいつに腰をかけてるやうな

そんな多数

 

何か、今の自分に、とても当てはまっている気がします。

私に限らず、心当たりのある方も多いかもしれませんね。

 

この詩を読んでハッとした方、今からでも遅くはないですよ。

 

 

 

 

 

宮沢賢治全集〈1〉 (ちくま文庫)

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たまにはコピー

こんにちは。

苦手です、コピー。

いつも避けてきましたが、たまにはやってみないと。

そんな訳でちょっとやってみました。

本日のお題はパット・マルティーノ

クールにバリバリ弾くといったイメージでしょうか。

アルバムはEl HombreからJust Friends、Exitから酒バラです。

El Hombreはマルティーノの、一応デビューアルバムになるようです。

それから約10年後くらいにExitが発表されます。

ギターもフルアコからソリッドに変わり、演奏もよりタイトになってますね。

ではまずEl HombreのJust Friendsの一節。

 

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1コーラス目の終わり、2コーラス目の頭に戻るところですね。

元コード進行ではGm7-C7-BbM7らしいですね。

もうちょっと細かくするとGm7,C7-Cm7,F7というのもアリですね。

ほとんどの人がそれぞれのやり方でBbM7に戻っていると思います。

マルティーノはGm7,C7-Cm7,F7を元に、F7の裏のB7を導き出し、それをⅡーⅤ化してスムースな流れを作っているようです。

オーソドックスな手法ではありますが半音進行になるのでとても聴こえがいいです。

このアルバムではクールでバリバリな印象はあまり感じず、どちらかと言えばちゃんとジャズをやっているといった、スウィンギーな感じを受けました。

 

続いてはThe Days of Wine and Roses。

 

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速いパッセージが多いです。16分音符できっちり弾いているって印象です。

サブドミナントマイナーからトニックに帰るところですね。

当たり前ですがちゃんとオルタードノートも使ってます。

コピーをする時、コードポジションに関連付けて弾くといいです。

上記の場合ですとBbM7のポジションは6弦の6フレットが見易いです。

もしそこで弾けるようになったら、今度は違うコードポジションに持って行って同じ事が弾けるようにします。

上記の場合ですと5弦の13フレット等です。

ですからそのコードのどの音から始まって、どの音で終わっているかを覚えておくと便利です。

ピーチジャムではそうやって弾く事を重要視しています。

みなさんもがんばってみてください。

この続きはまた。

 

「凡人は模倣し、天才は盗む」

   パブロ・ピカソ

 

 

イグジット

イグジット

 

 

 

 

 

 

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感動とは?

夏休みはいかがでしたか?

さて、リオのオリンピックが終わりました。

選手の皆様、本当にお疲れ様でした。

やはりスポーツというのは良いですね。

極限まで己を高めて試合に臨む。

そこには嘘はありません。

世界の頂点に立つ為の戦いです。

考えてみれば、そんなハイレベルな戦いばかり観れる大会って他にない訳です。

次回の東京大会が楽しみになってきました。

そう、私たちは日々の生活の中でいろいろな出来事に「感動」させられます。

それは映画だったり、演劇だったり、音楽だったり、もちろんスポーツだったり。

感動すると、涙が出ますね。

ここ数年では「涙活」(るいかつ)というものがあるそうです。

「涙活」とは涙を流すことによるデトックス効果を目的とした行為で、感動する映画など様々な媒体を利用して意識的に涙を流すというものだそうです。

確かに感動して涙を流すとちょっとスッキリしますよね。

こういうものを否定する訳でもないのですが、個人的には「さあ思い切って泣いてください、どうぞ!」というのはいささか受け入れられないですね。

やはりこういうのは不意討ちがいいですね。

それで思い出したのは名作「荒野の7人」。

チャールズ・ブロンソンが演じるガンマンの一人、オライリーのセリフ。

村の子供たちが山賊に対していつも弱腰の父親たちをバカにします。

するとオライリーは本当に強いのは私のような男ではなく、毎日汗水垂らして働いている君たちの父親のような人間なんだと子供たちを叱るシーン。

これにはかなり参った記憶がありますね。

 

こうして日々感動をしているとちょっと考えてしまうことがあります。

果たしてこうやって感動しているばかりでいいのだろうかと。

そしてこんな考えに至りました。

 

感動はもらうものではなく、あくまで借りるもの。

借りたものは返さなくてはいけない。

 

感動したら他の誰かを、今度は自分が感動させてあげるということですね。

返す相手なんて誰でもいいんです。

方法だってなんでもいいですよね。

自分の得意な方法で。

まあ私の場合はギター・・・で誰かを感動させられればいいんですけど。

小さなことからコツコツと。

頑張っていきたいと思ってます。

 

感動を踏み倒すな!

 

 

 

 

 

 

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個性とは?

 

こ‐せい【個性】

個人または個体・個物に備わった、そのもの特有の性質。個人性。

デジタル大辞泉の解説〜コトバンクより

 

最近はこの「個性」を全面的に出すのが良いという考え方が良しとされているような気がします。

ちょっと前ですがあるアニメ映画の主題歌で「Let it go」という曲が流行りましたよね。

"ありの〜 ままの〜・・・" 

とかいう歌詞をあちらこちらで聞いた覚えがあります。

私は映画を観ていないので正確な事は分からないのですが、主人公が「ありのまま」という境地に達するのには紆余曲折があったんだと思います。

色々あっての「ありのまま」とそうでない「ありのまま」では全く違うのだと思います。

つまり「個性」という言葉を「ありのまま」とするならば、私は個性を全面的に出すのは違うのではないかと思っているのです。

なぜなら、個性とは隠しても隠しても隠せないものだから。

つまり全面に押し出す必要なんてないものだと思うのです。

あなたの周りにも居ませんか?

ムリをして個性を出そうとしている人。

突拍子もない事を言い出したり、とんでもない服を着ちゃったり、とにかく人と変わった事を無理やりやっている人。

それって個性なのかなぁ?

もちろん人と違った事をやろうという心がけは大切です。

でも、他の人が右に行くのなら自分は左にっていう考えはちょっと違いますよね。

自分の進む方向が他人と同じでもいいと思います。

むしろ最初はそれが当たり前だと思います。

とにかく他人と同じになっても気にせずやってみる事がいいです。

そのうち他人と違う道が見えてきますからね。

個性は心に秘めているくらいがちょうどいいんです。

そのうち嫌でも表に出てしまいますからね。

ジャズでも最初は色々な「フレーズ」を覚えます。

それは人と同じものです。

たくさんのジャズプレイヤーがそれを学びます。

そうしているうち、そのフレーズが「歌」へと変化していきます。

そうなって初めて「個性」が確立されるのだと思います。

そして初めて先生のような演奏ができるようになるのでしょうね。

今回の動画は「Moon River」です。

そこには良いプレイをしようという欲すらありません。

ただありのままの今現在をプレイしているように聴こえます。

 

 


Moon River ~ Solo Guitar 笹原孝之