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Dead Musicians Society

日々の話や音楽工房ピーチジャムのことを綴っていきます

Play it by EAR !

" Play it by ear "という熟語があります。

意味は臨機応変にとか、その場の成り行きで、とかいう意味です。

そうです、この熟語はジャズからきているんです。

つまりジャズは譜面を見ずに耳を使ってアドリブで演奏することからこんな言葉が生まれたようです。

ジャズの演奏って、知らない人には適当に合わせているって思われているフシがあります。

実際そんな演奏をやっている方もおります。

でもジャズって決して適当にやっている訳ではありません。

ちゃんと修練を積んでいる人の演奏は決して不確実ではありません。

ピーチジャムの先生方もそうです。

本当に、まるで目の前に譜面があるかの様に、美しいメロディーを奏でます。

それは一朝一夕にできることでは、到底ないのです。

そうですね、なんて説明したらよいものか。

例えば、ある場所に旅行に行くとします。

すると、その場所の名所なんかを知りたいですよね?

そんな時、物凄く詳しくその場所を説明できるガイドブックがあったとします。

そうです、そんなガイドブックを作る作業と同じかもしれません。

まず、その土地の全てを把握する。

つまり、その名所で行ったことのない場所は無い、というくらいに網羅するのです。

どんなつまらなそうな所にも、ちゃんと自分の足で歩いて行って調べるといった地道な作業が必要なんです。

そこまでして、初めて全てを語ることができるっていうものなんです。

なんとなく分かっていただけましたか?

とにかくジャズって、もの凄く練習しないといけないんです。

そしてそれを苦にしない人は才能のある人かもしれません。

さあ練習、練習。

 

さて話は変わりますが、先日ご紹介いたしました新しい真空管を使ったアンプ「MV50」。

先日発売になりました。

しかしながら、かなりの品薄状態らしいです。

私も楽器屋で試奏したいと思っていたのですが、それもままならず。

ある程度は予想していたのですが、これほどとは思いませんでした。

もし、楽器屋で見つけたら即買いかもしれません。

それでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

La La Land ~ ダンスと歌とJazzと夢、時々リアル、そしてネタバレ注意!

先日、話題の "La La Land" を観てきました。

今回のアカデミー賞、作品賞こそ逃しましたが最多6部門受賞したようですね。

久しぶり、おそらく「マンマ・ミーア」以来ミュージカル映画鑑賞。

しかしミュージカル映画と言っても、ありきたりの夢物語ではありません。

結構リアルな話を音楽で甘く味付けしているといった感じでしょうか。

多くの人は胸を締め付けられる思いをするかもしれません。

でも、とても前向きな良い映画ですね。

監督はデミアン・チャゼル。前作は「セッション」(原題 Whiplash) で、こちらもアカデミー賞3部門で受賞しています。

まだ観ていなかったので流れでこちらも観ました。

この映画も凄かった。

最後の最後まで騙されつづけます。

この2本を通して見ると、共通の思いが込められている感じがします。

一つはこの監督は相当ジャズが好きなんだなという感想。

そして "La La Land" ではジャズの将来を憂いている、そんな感じがしました。

この監督さんかなりの保守派だと思います。ジャズに関しては。

つまりモダンジャズ寄り。伝統を重んじる人なのかな。

ですから主人公のセブが聴いたり演奏したりする曲もそっち系がほとんどです。

映画の中でもそんな保守的シーンがそこかしこに。

中でも印象深かったのはピアノでフレーズをコピーする時にはテープやレコードを使っていたりするところ。

今ではパソコンに曲を取り入れたりしてコピーをするのが主流ですから。

テープを何度もキュルキュルっと巻き戻しでコピーするっていうのが妙に懐かしかった。

しかし現実は、そんな昔ながらのジャズを聴く人なんてもうあまりいないということを目の当たりにして、いつしか誘われるがままに今風な音楽を、仕事として嫌々ながらにも受け入れていってしまう、そんな流れからもこの監督のモダンジャズ時代への憧れを感じ取れました。

「セッション」ではもちろジャズを題材にしていました。

一流のドラマーを目指す主人公のアンドリューと鬼教師フレッチャーの不思議な関係性が描かれます。この映画、ある意味ミステリーです。でもそれはまたの機会に。

本人も、もともとドラムを勉強していたようで、そういったバックグラウンドが映画にも反映されているようですね。

そしてもうひとつ。

それは「夢」。

もうちょっとハードに「求道」とでも言ったらいいのかな?

道を極めることの難しさと素晴らしさ。

どちらの映画もそのあたりが共通点だと思います。

私が一番心打たれたのはエマ・ストーン演じるもう一人の主人公のミアがオーディションで切々と歌いあげるシーン。

自分が女優を目指す理由。

ミアは女優だった叔母の影響を受け、女優を目指したのだった。

しかし叔母は不遇な生涯を送った。

それを人は愚かだと罵った。

だからミアはこう歌った。

 

Here’s to the ones who dream!

夢を追う愚か者たちに乾杯!

  

夢を追う愚か者。

例えば、もういい歳なのにプロミュージシャンを目指してバイトをしている人。

売れもしない小説を書いている人。

全く理解できない絵を描いて道端で売っている人。

夜通しファミレスでネタを書いているお笑い芸人志望。

私たちは、どこかでそういった「夢追い人」たちを蔑んでいるのではないだろうか?

確かに、彼ら彼女らに多くの人は「もういい加減、現実を見ろ」と言うでしょう。

しかしどんな人でも多かれ少なかれ、夢を見ていた時代があったはず。

でも日々の生活に追われ、いつしか夢を諦めていってしまった。

もしかしたら、いつまでも夢を追っている者たちをやっかんでいるのかもしれない。

どこかでそういう生き方を羨ましく思っているだけなのかもしれない。

ミアはそんな我々に、素直に応援して欲しいと歌ったのかもしれない。

とても心に残る良いシーンだった。

そして映画の終盤。

そう、結局この二人は最終的に結ばれない。

何年かして有名女優になってミアは導かれるように、セブの出した店に夫と共に偶然入る。

席に着くと目の前にセブ。

セブも驚くが、すかさずピアノを弾き始める。

それは、二人が初めて出会った時弾いていた曲。

ここからセブのタラレバの妄想劇(?)が始まる。

その妄想の中で、ミアはトントン拍子に大女優になっていく。

セブはいつもミアのそばに。

そして二人は結婚し、家族になった。

しかしミアの夢は叶うのだがセブの夢はそこにはなかった。

曲が終わるとセブの妄想劇は終了。

セブの前にはミアと彼女の夫がいる。

それが現実。

ミアが店を出る時、振り返りセブを見てうなずく。

それに答えるセブ。

きっとお互い「これで良かったんだよ」と、心の中で言った気がしました。

なんとも切ないエンディング。

でも決してネガティブな別れではなく、明るい未来を予感させて締めくくります。

考えてみたら、もともとこの二人は、友人でも恋人でもなかったのかもしれない。

追う夢こそ違ったが、互いにその夢を叶える為に戦ってきた。

そう、言うなれば戦友。

二つ隣り合わせに並んだ道を、お互いの夢を応援しつつ共に歩いてきた。

そしてそこには本物の愛があった。

二人が出した答え。

それは相手を思うが故に身を引くという行為。

世の中では、最後には一緒に家族になってハッピーエンドという風潮が主流だが果たしてそうなのだろうか?

本当に相手のことを思う時、もしそこに自分の居場所がなかったり、自分がいることによって何か障害になるなんてことになったら、やはり自ら去るべきなのではないだろうか?

そしてそれは相手の夢の為、さらには自分の夢の実現の為でもあった。

セブの妄想にもあったが、どちらかが夢を諦めていたら二人は一緒になれたのかもしれない。

隣り合わせに並んでいた道は、その時から別の方向に離れて行ったのだった。

「私と仕事、どっちをとるの?」なんて無粋なセリフとは無縁の世界なのだ。

色々と書きましたが、そんな小難しい話は忘れて、純粋に楽しめる映画です。

 

最後に、この映画のメインテーマ曲 " Mia & Sebastian's Theme " なんですが、曲の盛り上がり方とかがショパンの「別れの曲」に似ていると思ってしまいました。

そうか、きっとこの二人の行く末を暗示して似せて作ったんだなと思ってしまったのですが、ショパンの「別れの曲」って日本で付けられたタイトルなんだそうですね。なので全く関係ないようなのですが、この曲の背景を調べてみたら1832年に作られたものらしく、なんとショパンがパリでデビューした時のものらしいのです。ここから有名なピアニストになっていったんでしょうね。

またここでも勘ぐってしまいました。

ミアもまた、パリでの映画の仕事をきっかけにスターになっていくからです。

これはひょっとして、やはりインスパイアされて作ったのかな?

ちょっと考えすぎかな。

とにかく、色々な角度で楽しめる映画だと思います。

そしてこの映画を観た後、ちょっとピアノが弾けたらいいなぁと思ってしまうでしょう。

では。

 

 

Ost: La La Land

Ost: La La Land

 

テブラ

こんにちは。

以前テレビでダウンタウン松本人志氏が、もしお笑いをやっていなかったら何をしていたかという質問に対し、将棋の棋士になっていたと答えていました。

その理由というのが中々面白く、身一つ、手ぶらで出掛けていって将棋を指して勝って帰ってくるという、そういう生き方に憧れると言っていました。

先日レッスンの時、先生も同じような事を言っていたのでとても印象に残りました。

 

" ジャズギタリストたるもの手ぶらであれっ! "

 

という事なんです。

「え? じゃあギターは要らないの?」

という事になりますが手ぶらっていうのはあくまでも内面的な話。

ジャズってそもそも何も決めないで演奏するものですよね。

でも、実はそれがしっかりとできている人って意外と少ないと思います。

例えば「枯葉」のキーはGmですよね、通常は。

なのでCm7から始まります。

でもこのCm7、だいたいいつも同じコードフォームで始めてませんか?

普通、何度も演奏していると凝り固まってきてしまうものですよね。

特にこれはギタリストに顕著に現れるようです。

ギターという楽器自体がビジュアル的に学べる楽器ですから仕方ないかもしれません。

でもそれっていうのは本来のインプロヴィゼーションではありませんよね。

頭の中では違う音が鳴っているのに、ついいつものフォームで音を出してしまう。

そして色々と練って、ここはこのフレーズを入れようとか、ここはあのフレーズみたいに。

つい色々と考えて何かを用意してしまいがちです。

何かを用意するっていう事。何かを手に持っているっていう事で手ぶらではなくなっていますよね。

実はこの時点でインプロヴィゼーションは破綻しているのですね。

もし、レコーディングなんて事になったら全部書き譜になってしまう事もあるかもしれません。

それこそもう大荷物。

そうなれば、もはやJazzでも何でもなくなってしまいますよね。

インプロヴィゼーションというのは、例えるならば「錬金術」みたいなものです。

そこにあるただの「音」を、一瞬にして黄金の様に美しく輝く「メロディー」に変えていく作業。

そう考えると実はとても難しい事なんですよね。

ではどうすればいいのか?

さて、これには近道はないようです。

ひたすら練習するしかないでしょうね。

 

 " 浮かんだ音を素直に楽器で表現する  "

 

そう、我々がやるべき事と言ったらこれだけなんです。

たったこれだけなんですが一筋縄ではいかない事なんです。

でも、もしそれができたら " 手ぶら " になれるはずです。

つまり、いつでもどこでも自分のメロディーを奏でられるようになれるのです。

さて今回の先生の演奏は練習なしの一発録りです。

正真正銘 " 手ぶら "の演奏を聴いてください。

 

 


Solo Jazz Guitar 笹原孝之  DIENDA ~ K.Kirkland

 

 

 

 

Giant Steps 

こんにちは。

先日、音楽工房ピーチジャム恒例の発表会がありました。

今回は都合のつかない生徒さんが結構おりまして、結構な少人数という少々寂しい発表会となってしまいました。

発表会は一年間どれだけ成長したか、嫌でもはっきりしてしまう場です。

今回も各々悲喜こもごもがありました。

私の場合は果たしてどちらだったか、まあそれはさておき。

生徒の発表が終わると、こちらも恒例の講師による演奏。

今や、講師先生のちゃんとした演奏が聴けるのはこの発表会の日しかなくなってしまったので、我々生徒たちにとってはとても貴重な時間なのです。

当然、講師二人もこの日に向けてしっかりと調整してきています。

とにかく毎年この日を楽しみにしているそうです。

それでもやはり生徒の模範にならなくてはならない為か少々緊張気味でもあります。

しかし、いざ演奏が始まると毎年恒例、我々を「別世界」へと誘ってくれるのです。

まずはピアノの玲子先生のペンによるオリジナル曲 "Manhattan"。 

この曲はちょっと昔、バンド用に書かれた曲だと記憶しています。

でも今回はデュオ演奏です。

3拍子の難しいノリの曲ですが、何かリズム隊がいるのかと思ってしまうほど安定したリズムでグルーブしています。

コード進行は変形マイナーブルースといった感じで自由度が高いです。

そんな自由空間の中、ギターはまるで水を得た魚。

クロマティック泳法で泳ぎまくります。

そしてそれを受けピアノも静かにスタート。

歌うように、大切にメロディーを紡いでいきます。

コードを弾くと、それはまるで波紋のように美しく拡がっていきます。

ギタリストが嫉妬する瞬間ですね。

それにしても美しい曲です。

じっくりと聴いてみてください。


Manhattan - by Reiko Sasahara ~ 笹原孝之(g), 笹原玲子(p)

 

そして次は言わずと知れた "Giant Steps"。

コルトレーンの、いわゆる「コルトレーン・チェンジ」という進行を使った曲で、おそらくコルトレーン自身もその練習用のエチュードとして作ったらしいです。

この曲ができた当時としては本当にクエスチョンマークだらけの曲だったことでしょう。

実際音源を聴いてみるとコルトレーンのソロの後、トミー・フラナガンの迷いだらけのピアノソロが聴けます。

録音されたのが1959年。名ピアニストでさえ戸惑いを隠せない演奏になってしまうほど、当時としてはそれだけ画期的な曲だったのでしょう。

そしてそれから58年。

あれからどれくらいのプレイヤーがこの曲を演奏したことでしょう。

You Tubeなんかでも色々と聴く事ができますよね。

しかし、その中でもこの演奏はかなり上位、いやもうナンバーワンと言っても過言ではありません。

一言で言って、いわゆる「学習臭さ」が全くないのです。

基本的にこの曲を演奏する場合、テンポが速くなるとコードの提示が大変になってくるのです。

そうなると大体のプレイヤーはペンタトニックや苦し紛れのバップフレーズに頼ってしまいがち。

ところが先生たちの演奏はそうはなりません。

本当に純粋な「歌」となって我々に届くのです。

お互いの位置を確かめ合うようなイントロからスタート。

あくまでも心の赴くまま歌って行きます。

慎重に大切に、時に攻撃的に、時にいたわるように。

そこにはフレーズもリックも無いのです。

そしてそれは途切れる事なく続きます。

まるで泉が湧き出るように・・・


Giant Steps - by John Coltrane ~ 笹原孝之(g), 笹原玲子(p)

 

最後は歌モノです。

ビリー・ジョエルの曲ですね。

ピアノの玲子先生が歌うのですがこれがまたイイんです。

先生の声はとてもしっとりしています。

そうですね、例えるならカントリーマアムくらい(笑)

いわゆる世間で言われているような女性的な声ではないのです。

ですからこういうしっとりとした曲調に合っているんです。

さらにピアノ演奏で培った完璧な音程とリズム。

申し分ないでしょう。

そしてそこに優しくフラメンコギターが寄り添います。

まさにエンディングに相応しいチューン。

ちょっと目を閉じて聴いてみてください。


And so it goes ~ 笹原孝之(g), 笹原玲子(p)

 

いかがでしたでしょうか?

私たちは良い先生に恵まれました。

全くありがたいことです。

しかし今回の"Giant Steps" 。

もしコルトレーンが生きていたらどう思ったんだろうか?

ちょっと考えてしまいました。

きっと生徒の皆さんにも良い刺激になったはずです。

また来年が楽しみです。

では。

 

 

"新"真空管の夜明け

さて、私たちエレクトリックギタリストには欠かせないものがギターアンプですね。

さらに音にこだわるとチューブ(真空管)アンプに行き着くのです。

チューブアンプとソリッドステートアンプ(トランジスタやIC)。

ギターアンプには主にこの2種類があります。

そもそも「良い音」の定義が人それぞれなのでなんとも言えないのですが、一般的にはチューブアンプのほうが暖かく滑らかで心地良い音がすると言われています。

ギターアンプだけでなく、オーディオアンプでもチューブはファンが多いですね。

ただもちろんデメリットもあります。というよりも音が良いところを除けばほとんどがデメリットと言っても過言ではありません。

まず大きくて重い。ソリッドステートのようにコンパクトに作れないんです。

そして壊れやすい。真空管ですからね。

メンテナンスが大変。場合によっては真空管を交換したりする必要があります。

音が安定しない。これはものによりますが、一般的にソリッドステートに比べると、いつも同じ音が出るとは限らないのです。

ただ、それでもチューブアンプを使いたいと思うギタリストが後を絶たないということは、それだけ音に「魅力」があるんだと思います。

最近では、ほぼチューブアンプのような音のでるエフェクターやシステムが開発されていたりして、チューブアンプに手が出ない方でもなんとなくそれっぽい音でプレイできるようになってはいます。

皆さんそれぞれ「妥協点」を決めてやっているのだと思います。

特に日本のような住環境では、一般家庭にチューブアンプを置くのはナンセンスなのかもしれませんね。

私のアンプはZT LunchBoxという非常にコンパクトなアンプです。

TECH21のシミュレーターもありますし、とりあえずアンプの反応も良いので満足はしております。

しかし、それでもやはりチューブアンプへの憧れは持ち続けているのです。

と、そんなチューブアンプファンの私たちにグッドニュースが飛び込んできました。

それは・・・

 

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そう、KORGノリタケが開発した新しい真空管Nutubeです。

どうです? 従来の真空管の形とは全く違うでしょ?

大きさは親指よりちょっと大きくらいでしょうか。

しかもこのまま基盤に半田付けできてしまうんです。

それくらい熱を発しないということですね。

まさに待ちに待った「新真空管」なんです。

詳しい事はコチラをチェック!

これだけ科学技術が発達した世の中で、はやく真空管も次世代のものが出ないか今か今かと待ち望んでいました。

3月には製品の第一弾としてVOXから小さなアンプヘッドがいよいよ登場。

価格は2万700円と少々お高いですがそれなりの価値はあると思います。

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これで自宅の部屋でもチューブサウンドを堪能できることでしょう。

なんと言ってもシミュレーターでもモデリングでもない本物のチューブサウンドですからね。

ひょっとしたらギターアンプの歴史を変えるかもしれないこのNutube、要注目です。

 

 

 

 

 

Money Changes Everything !

こんにちは。

さて正月やら風邪やらですっかりブログをサボってしまった。

新年はまず「お金」について。

こんな言葉があります。

 

金が人生のすべてではないが有れば便利

無いと不便です

便利のほうがいいなあ

相田みつを

 

私はこの言葉が大好きです。

自分がお金に抱いている感情にすごく近いからです。

彼はお金を一つの道具として見ていたようです。

そう、お金は便利な道具なんですね。

私は、お金というものは宝箱を開ける「鍵」なんだと思います。

ですから、お金をたくさん持っている人はたくさんの宝箱を開けることができます。

ただ、宝箱の中には開けるまで何が入っているかわかりません。

手当たり次第に開けてみても「ハズレ」も在るわけです。

もしお金をたくさん持っていないなら、開けるべき宝箱を慎重に選べばいいんです。

そうすれば少ないお金でも有意義に使うことができると思っています。

でも実際はそう上手くいかないんですけどね。

やはり無いよりはあったほうが良いというスタンスで行こうかなぁ。

 

金は良い召使だが、悪い主人でもある

ベンジャミン・フランクリン

 

大金によって人が変わってしまう場合もあります。

以前観たテレビ番組で、アメリカで宝くじに当たった二人の男を追うドキュメンタリーがありました。

一人はタクシー運転手、もう一人はビール会社の社長さん。

タクシー運転手のほうは一年足らずで何億円を使い切ってしまい、絵に描いたような転落人生を。

もう一人の社長さんは当選金でビール工場を修理したりと堅実に使い、全く普段と変わらない態度だった為、なんと家族ですら当選に気づかなかったそうです。

同じ額のお金を手にいれたのに全く対照的な結果に。

私はこう思いました。

「誰にでも大金を手にする権利はある

  でも大金を手にする資格のある人間は限られている」

自分には、果たして大金を持つ資格があるのかな?

捕らぬ狸のなんとやらですね。

では今年もよろしくお願いいたします。

 

 

 

望みを捨てぬ者だけに道は開ける

大河ドラマ真田丸」が最終回を迎えた。
三谷幸喜脚本だけあって、ユーモアも交じえた人を惹きつける作品になったと思う。
ラストは賛否分かれるところだが、私は気に入りました。
なんとなく、視聴者に投げられた感じがしましたね。
それぞれが、それぞれ感じればいいのだと思いました。
運命に翻弄され続けた真田一族。
思うに幸村の最後は、豊臣に忠誠を誓ったというよりも徳川という巨人に抗ったという事に尽きるだろう。
おそらく、ただただ「徳川憎し」だったのではないだろうか。
長いものに巻かれるのが誰よりも嫌った真田一族。
他の徳川に下った武将も、そんな真田の生き方をバカにしつつ、どこか羨望の眼差しで見ていたことだろう。
たとえ負けると分かっていても、最後まで貫き通す生き方は時代を超えて私たちの心を捉えて離さないのだ。
さて、その真田幸村と言えばトレードマークは「鹿の角」の兜。
そして、まさに「真田丸」最終回の同じ時間、戦っていた奇しくも同じ「鹿の角」をトレードマークとする軍団「鹿島アントラーズ」。
しかも両者「赤備え」というところまで一緒だ。
そう、レアル・マドリードという徳川家康を彷彿とさせる "巨人"に対し、真っ向戦いを挑んでいた。
その戦いは真田軍のように勇猛果敢の一言だった。
胸を借りるどころか、もはや互角の戦い。
いや、場面によっては圧倒する事もあった。
誰もがその目を疑ったに違いない。
「もう少しで大将の首を取れる!」
そして「大阪の陣」のように、こちらも"巨人"を追い詰めた。
 
望みを捨てぬ者だけに道は開ける〜
 
〜とはドラマの中で幸村がことあるごとに言っていたセリフ。
そうアントラーズの選手達もきっとこう思っていたに違いない。
しかし、やはり最後は "巨人" の前に力尽き、敗れてしまった。
そう歴史は繰り返された。
だがその戦いは、きっと後世に語り継がれる事になるだろう。
来年も鹿島アントラーズから目が離せない。
 
さて本日のピーチジャム動画はクリスマスに相応しい曲です。